お客様の声と施工事例

寺社・大型建造物もクラシタス

曹洞宗 光寿院 様

日本の伝統技術の伝承と匠の技のコラボレーション

趣ある庭園が、四季折々の風情を醸し出す光寿院は、伊達政宗公の祖母栽松院(久保姫。伊達氏第15代・晴宗公の正室)が福島の信夫に天正7年(1579)慶昌院として開基。天正末、伊達氏の移封に伴い名取の増田に移転し、その後伊達政宗公が狩りで立ち寄り休息をした際、創建の由来を知り、現在の地に移したといわれ、この時に光寿院となった。仙台の三叢塚でもあり、仙台三十三観音18番札所となっている。
今回当社は、東日本大震災で歪んでしまった本堂の修復と屋根の銅板葺き工事を行った。
本来屋根は、大正12年に本堂を建てた時に銅板葺きにする予定だった。しかし、当時ヨーロッパで戦争が始まったため、金属製品が暴騰。瓦葺きとなった経緯がある。
一般の瓦よりも重量のある本瓦は、今回の震災により崩れはしなかったものの、建物を支える躯体に大きな負荷を掛け、深刻なダメージを与えた。担当した菊池は「小屋裏構造材と鴨居が弓状に下がり、漆喰壁や床下も痛んでいて、全体的に人間で言えば緊急大手術をしなければならなかった。」と語る。
本瓦を撤去することによって、どれぐらい弓状になった木が戻るのか等、都度確認するため、慎重に作業を進めていき、正に手探りの状態であった。
入母屋屋根の美しい曲線は、大工の腕の善し悪しを見極める一番のポイント。下地のゆがみや反り具合を考慮し、野地板は全て取り替え、銅板一文字葺にした。また、脇塀の屋根も片流れに変え、飾りも十分吟味したので、柱をはじめ天井や複層ガラスの木製サッシなど、総漆塗りの内装とのバランスもとれている。
歪んだものを直していくというのは、新築とは全く違うノウハウが必要となるが、大工、銅板職人、飾り職人、建具職人、漆職人それぞれが同じ仕上がりをイメージし阿吽の呼吸で本堂を甦らせることができた。
木材は工場でプレカットされ、建物が造られるのではなく「組み立てられる」という定義に変わりつつある昨今、日本建築の担い手に不安を感じていたというご住職様。「今回の工事で熟練の方はもとより、若い職人さんにもしっかり寺院建築の技術や意思が継承されており、現場の統制と仕事の質に安堵しました。」と満足していただくことができた。
建った当時は諸事情により銅板で葺かれる事のなかった本堂。90年という時を経て今、その姿を現した。これからも多くの人々の心の支えとして歴史を重ねていく佇まいを見続けていきたい。