お客様の声と施工事例

寺社・大型建造物もクラシタス

曹洞宗 正藏寺 様

かつては学校として利用されていたことも

北上市市街から、北上川に架かる珊瑚橋を渡ってすぐの場所に建つ正藏寺様は、花巻の瑞興寺十世喜庵寿悦(きあんじゅえつ)和尚によって約450年前に開山された、歴史ある寺院だ。全国に学制が敷かれた明治5年(1872)には、同寺を校舎とした「立花学校」が開校し、第十四世舌外玄志(ぜつがいげんし)和尚が、初代教師を務めたという記録も残る。明治24年(1891)5月18日、川岸の大火によって本堂その他を消失するという災害に見舞われるも、2年後に民家を仮本堂にして再開。その23年後の大正3年(1914)、地域の助力を得て、第十五世志勇文覚(しゆうぶんかく)和尚の代に再建された。現在の本堂はこのときのものが基礎となっている。

「寺院の工事ならクラシタスに」迷わずすぐさま相談

現在、寺を営むのは第十八世渡邊和泰住職。住職いわく、つい7年程前まで、この寺はある悩みを抱えていたという。工事前の屋根は茅葺きの上にトタンを葺いたもの。もともと痛みが進みつつあった所に、平成19年の大雨が直撃した。すぐ近くの北上展勝地が水没するほどの降雨量で、以後は頻繁に雨漏りするようになってしまったのだ。思案した末、徹底的に屋根を修繕することを決意。平成20年のことだった。渡邊住職は当時をこう振り返る。「工事をするにあたって周りから情報を集めたんです。すると皆、口を揃えて、『うちはクラシタスさんに任せていますよ』と言うので、迷わず相談をしたんです」。
それまでのトタン屋根は10年に1度のペースで塗り直す必要があったが、なにせ土台は茅葺き屋根。急傾斜での作業に危険が伴う。そのため毎回かなりの費用がかかっていた。そこで打ち合わせの末、土台から造り直し、銅板葺きの入母屋造りとすることとなった。さらに寺の顔となる向拝も、屋根の勾配変更と合わせ、なだらかな美しい曲線を描くように意匠を凝らした。

雪国ならではの工夫と趣きのある佇まい

積雪量の多い北上市においては瓦屋根は不向きとされる。積もった雪により瓦が下がり、隙間ができる。出来た隙間に雨水が入り込むことにより、土台から腐ってしまうのだ。
秋田県から腕の良い職人を呼び、作業にとりかかること1年。こうして、どの角度から見ても曲線がなめらかな、美しい銅葺き屋根が仕上がった。ここには職人の手技が遺憾なく発揮されている、と担当の齊藤は言う。「反りや箕甲といった屋根の曲線部分は、手作業で銅板を巻くのですが、これが非常に難しいんです。ラインのなめらかさは、すなわち技術の高さなんです」と力強くうなづく。
渡邊住職もその仕上がりには非常に満足していると笑顔だ。「職人さんたちも、寺社の仕事に携わる誇りを感じさせる、素晴らしい仕事ぶりで安心して全て任せることができました。檀家さんからもお寺としての佇まいがより良くなった、と好評なんです」。銅板葺きは通常、年を経るごとに緑青を生じ、徐々に青みを帯びていく。しかし雪深い地域では、積もった雪が緑青をこそげ落とすため、深い赤銅色の重厚な屋根表情となる。見上げるとそこには冷たい季節を耐え忍ぶ、凛とした顔付きがあった。

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