寺社・大型建造物もクラシタス

北海道三笠市 市来知神社 様

三笠市の歴史と 歩みを共にする神社

市来知(いちきしり)神社が建つ三笠市は、北海道の石炭と鉄道の発祥の地として栄えた歴史ある街。同神社の歴史は市来知村の開村と時を同じくして、達布山に小祠を建立したことから始まる。明治18年(1885年)空知集治監が達布山で農耕の祭祀を斎行したことを機に、その翌年現在の場所へと境内を定めた。まさに市来知村の、そして三笠市の行く末を見守ってきた神社と言える。

10年の時を待ち いよいよ着工へ

市来知神社とクラシタスとのつきあいは、10年前にさかのぼる。もともと同社宮司の枝廣氏が宮司を兼任する栗澤神社(岩見沢市)で行った「雨漏り補修事」がきっかけだった。その時の仕事ぶりが高く評価され、以前から雨漏りに悩んでいた市来知神社の屋根補修のご依頼を頂いた経緯がある。その時には屋根の応急処置的な補修で工事を終えたが、それから10年。北海道の厳しい環境を耐え忍んだ社殿の屋根は経年劣化も進み、新たに葺き替えが必要な状況となった。営業担当の清野は次のように振り返る。「野地板、棟、葺地周り、小屋組みの構造材…予想以上に木下地が傷んでいましたね。当時応急処置をたとはいえ、屋根材の劣化した部分から徐々に雨が入り込み、腐食が進んだのだと思います」。木部も交換すべき部分はすべて替え、屋根材は以前と同じガルバリウム鋼板を使用した。

思わぬ地盤改良工事に 見出した光明とは

雪深い北海道ゆえ、その重みに耐えかねて地盤沈下を起こしている箇所もあった。そこで地盤改良工事を行うと同時に、沈下した部分をジャッキアップして補強することに。「もともと神社を建てるような場所ですから、地盤は悪くないんです。」と清野。通常地盤改良工事は大掛かりになるが支持層が比較的浅い部分に見つかったため、コンクリートの反力を活かして建物を持ち上げる方法をとった。

「信頼」こそが 成功へ至る一番の鍵

枝廣宮司へクラシタスに対する印象を聞くと、次のような答えが返ってきた。「一般的に、寺社仏閣の工事は『地場にお金を落とすため』と、地元の大工さんや板金屋さんにお願いすることが良しとされています。でも私は、クラシタスにお願いすることを決めました。神社仏閣工事を数多く手がけている実績と、何より屋根に関しては随一の技術と知識をお持ちですから」。氏子にはその想いと実績を懇切丁寧に説得させて頂きました、と当時の事を語る。
神社には神様が降りてくる神域がある。この神域に降りられた神様と、私たち人間が住む世界とを区別し、お互いの存在を分かち合いながら住み分ける為に鳥居があり、神様を祀る社殿がある。神々に祈る生活を続けてきた「日本人としての心」の拠り所を建築を通し守り続ける事が私たちの使命である。