東北伝説紀行

青森県弘前市 旧第五十九銀行本店本館(青森銀行記念館)

弘前市が生んだ名棟梁かつ名設計士として名高い堀江佐吉。
その最高傑作と謳われているのがこの建物だ。
どのような背景から誕生し、そしてどのような意匠が施されたものなのか。
その一つひとつを追いかけ見ていこう。

地元の思いを受け 100年を超え 残されてきた建物

青森県弘前市には、明治時代の洋風建築が数多く残されている。その中でもひときわ威容を誇るのが「旧第五十九銀行本店本館(青森銀行記念館)」だ。当時最先端であった建築技術が発揮された、ルネサンス風様式のシンメトリーな造り。まさに城下町を代表する建物の一つだ。その歴史的価値から昭和47年(1972年)には、国の重要文化財に指定された。
明治12年(1879年)1月に弘前で開業した「第五十九国立銀行」は、明治30年9月に改組して「株式会社第五十九銀行」となり、事業の発展に伴い同37年11月に本店本館を新築。昭和18年(1943年)には県内の5つの銀行と合併、現在の「株式会社青森銀行」となってからは弘前支店として使用された。昭和40年には老朽化による店舗新築により取り壊しが予定されていたが、その歴史的価値に重きを置く市民や市経済界が保存を強く要望したため、維持されることとなった。建物の保存にあたっては、解体せずに90度向きを変え、約50m西寄りの空き地に移転させるというかなり大掛かりな曳屋を行い、話題を集めたという。現在は青森銀行記念館として利用されている。

当時の技術の粋を 集め建てられた 贅沢な洋風建築

建物はルネサンス風の意匠を基本とし、腰は石造り風で、柱を地際から二階まで通している。屋根上には展望台を兼ねたドーマー窓を設け、寄棟屋根の中央部にはそれと並行しかまぼこ型の飾り屋根を上げた。その前面に小屋根を利用した三階の屋根を突出させ、景観を引き締めている。
窓は各面とも二連上げ下げ窓で、壁は一見コンクリート造に見えるが、板の上に2
4㎝四方の瓦を張り、その上に漆喰を約4.5㎝ほど塗り重ねたという大壁造。これを防火対策としたようだ。
床や腰板は青森県産ヒバを使用しており、格天井にはアカンサスの葉をモチーフにした金唐革紙が施されている。
構造的にはボルトを使用した本格的なトラスの小屋組みで、瓦や雪などによる屋根の荷重を上下階に重なった周囲の柱配置が剛性を確保して支え、堅固な基礎に伝えている。その構造物の力の作用と流れの捉え方はまるで構造力学を修めた技術者の
ように見事なものである。

全国でも指折りの 棟梁建築家による 生涯最高傑作

手がけたのは、明治期の日本有数の棟梁建築家として知られる堀江佐吉。生涯で手がけた西洋建築物は1500棟を超えるといわれ、今なお現存するものも少なくない。中でもこの建物は堀江自身が最も心血を注いで作ったものであり 最高傑作との誉れも高い。
実はこの工事には6万7千余円(現在の金額にすると約13億4千万円)、と弘前
市内の同時期の建築に比べてもかなり高額な費用が用意されていた。当時頭取を務めていた岩淵惟一(いいち)氏が、堀江に対し「あんたが気の済むようなものをこしらえてくだされば、よござんしょう」と、建造に関するすべてを一任したというエピソードも残る。
才能豊かな職人が、その最も脂の乗った時期に、その腕を信じ費用を惜しまないクライアントと出会う。そんな奇跡の下に生まれた、ひとつの作品でもあったわけだ。
現在「旧第五十九銀行本店本館(青森銀行記念館)」は資料館として一般開放されている。1階には古札や銀行の変遷から当時の預金通帳、採用辞令などの資料が展示され、往時の金融機関をしのぶことができる。
堀江が当時の技術の粋を楽しませつつ、明治から昭和にかけて経済や文化が大きく動いた、そんな時代が描いたドラマに思いを馳せてみよう。

さあ「伝設」をその目で見よう!

青森県弘前市 旧第五十九銀行本店本館(青森銀行記念館)
●住  所/青森県弘前市元長町26
●T E L/0172-36-6350
●営業時間/9:30~16:30
( 弘前さくらまつり、弘前ねぷたまつり、弘前雪燈籠まつり期間中は~18:00)
●休館日/火曜、年末年始
●料  金/200円、小・中学生100円