東北伝説紀行

北海道江差町 『旧檜山爾志郡役所(きゅうひやまにしぐんやくしょ)』

早くから港町として栄え
江戸時代の廻船問屋(かいせんどんや)や
鰊御殿(にしんごてん)が立ち並ぶ北海道江差町(えさしちょう)
その町の高台に132年前に建てられたという洋館がたたずむ
時代を超え当時の贅と技を今に伝える
建物に託された思いをたどってみよう

かつての町の隆盛と 活気の名残を 感じさせる建物

北海道がまだ「 蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていた時代より、良港として知られていた江差。松前藩の檜山奉行所である沖の口役所が設置され、北前船が往来し、「江差の五月は江戸にもない」といわれる賑わいを見せた。さらに明治に入ると、北海道開拓の推進とともに物資の移入が盛んになり、港はますます活気にあふれた。「旧檜山爾志郡役所」は、そんな江差が華やかなりし時代に造られた建物だ。主屋・付属屋・留置場の三棟からなり、主屋は木造二階建ての桟瓦葺き。1階には玄関ポーチが、2階にはバルコニーが北側正面に突出する造りだ。天井には職人が手作りで復元したメダイヨン(円形ないし楕円形の建築壁面装飾)による細工が施されているのをはじめ、精緻で手の込んだ意匠があちこちに見られる。
ときは1887年(明治20年)、檜山郡と爾志郡を管轄する北海道庁の出先機関と警察署の合同庁舎として竣工。その後、警察署の単独庁舎、江差町役場の分庁舎などとして変遷しながら、1世紀に渡り町の人々の生活を支えてきた。1992年(平成4年)には北海道内に現存する唯一の郡役所庁舎として、道指定有形文化財に指定されている。

一つひとつを確めつつ 緻密にすすめた 解体・修繕作業

しかし竣工から100年を経て、外部廻りや1階床組みの腐朽など破損が進んでいたことに加え、1993年(平成5年)の南西沖地震による被害が決定打となり、大がかりな修繕を要する状況に陥った。そこで江差町はこの歴史的価値の高い建物を後世に残すべく、1995年(平成7年)に大規模な保存復元工事を見据えた解体工事をスタートさせたのだった。
作業は慎重に行われた。再利用できる部材は可能な限り残し、残せない部材もサンプルを取得。当初材の確認を行うため、釘痕も一つひとつ確認をとった。また布をはがす際は古文書と突き合わせつつ、裏打ちや袋張りの部分を記録。はがした布も捨てずにすべて保管するという丁寧さで当たった。
そして解体作業の中、驚くべきものが発見される。防寒のために貼られていた壁のベニヤ板の下から、なんと創建当時の「布クロス」を貼った壁が現れたのだ。布クロスとは布に紙を裏打ちした高級な壁紙で、これほど贅沢なクロスを使った華麗な郡役所は、他に例がないという。残った部分を分析した結果、クロスの絵柄は菊華文柄やペイズリー柄、桃太郎柄など13種類にも及ぶことが判明。そのうち7種類を忠実に再現し改修した建物に貼り直されることとなった。
また解体工事の1年後から2年間にわたって行われた修繕工事では、長年の改装により壁や窓が取り付けられ建物内の一部になっていた2階バルコニーを元通りにするなど、創建当時の仕様を確認しながら忠実に復元された。

玄関先には あの幕末の志士に 縁を持つ古木も

実は建物以外にも意外な見どころがあった。玄関先でぐっと腰を曲げる松の古木「土方歳三嘆きの松」だ。幕末最後の動乱・函館戦争の折、幕府の主力船「開陽丸」が、高波に襲われ沈没。幕府の海軍副総裁であった榎本武揚とともに駆け付けた土方歳三が、船が沈みゆく様を前に、目の前の松の幹を何度も拳で叩き涙をこぼした……というエピソードがその名の由来だ。明治維新の空気はこうしたところからも嗅ぎ取ることができる。
現在は、「江差町郷土資料館」として、江差の自然や歴史、生活文化などについて解説する展示物を一般公開している資料館としてにぎわう。施工から110年を経て美しく再生された町の歴史遺産は、江差における文明開化を今に伝えてくれている。

さあ「伝設」をその目で見よう!

北海道江差町 『旧檜山爾志郡役所(きゅうひやまにしぐんやくしょ)』
●住  所/北海道檜山郡江差町字中歌町112
●T E L/0139-54-2188
●営業時間/9:00~17:00
●休 館 日/4~10月:無休
11月・2月・3月:月曜日・祝日の翌日
12月・1月:全月休館
○料  金/大人:300円 小中高生:100円