寺社・大型建造物もクラシタス

曹洞宗 昭雲山 瑞英寺 様

教えを広め百年余。 根を広げさらに発展

大正元(1912)年、仏教の教えの場が少なかった白糠村(現白糠町)に曹洞宗の布教所が開かれ、布教活動が始まる。その十四年後に先々代にあたる大嶽瑞巌(おおだけずいがん)師が布教師として着任、寺院の建立を嘆願し、昭和二(1927)年に「昭雲山 瑞英寺」が誕生する。その後、昭和九(1934)年に本堂を建立し平成十三(2001)年に改築するまでほとんど姿を変えず、檀家様の拠り所として、白糠町の繁栄を見守ってきた。
四代目にあたる大嶽俊行(しゅんこう)ご住職は、「私が子どもの頃、目の前が海岸ぶちだったので、ザザーンと波の音が聞こえてくる随分と風情のある場所でした」と当時を思い浮かべた。その海岸も、白糠漁港の拡張により、今では近代漁業の漁船基地として新たな姿を見せている。

代替わりで地元愛を深め る新しいチャレンジも

平成五(1993)年の釧路沖地震(M7.5最大震度6)の時、釧路市から車で約30分の場所にある白糠町も大きく揺れたという。瑞英寺様の被害はなかったが、年月を重ねた建物の基礎に対する不安もあり、先代が本堂の改築を決意。このときに、弊社も工事の一端を担っている。新しい本堂が完成した年は、開教90周年かつ昭和26年1月22日にご住職になられた大嶽英孝師のご住職就任50年目となる記念すべき節目の年。新しい本堂で退董式を行い、ご子息である現ご住職へ次代を託した。
「私の代になってから、これまでは実施していなかった落語会や三味線ライブ、ジャズコンサートなど、多くの人に寺に訪れてもらうイベントも企画しています。町内会主催の盆踊りが中止になっていた10年間は、寺で盆踊りも主催していました。子どもたちに『踊って楽しかった』という思い出を作ってあげたくてね」と、穏やかな笑みを浮かべる。

先代の思いを組み、 さらに次代につなぐ

寺院には現在、本堂、納骨堂・永代祠堂、鐘楼堂、地蔵堂がある。
「先代は建物を創るのが好きでした。檀家の増加に伴い、納骨堂の増改築も随分やっていました。地蔵堂は子どもの供養のために母が父に相談して建てたもの。いずれ山門も整備したいと思っていたのでは…」と先代の気持ちを汲む。
「新築した四脚門は先代が好きな型。本堂とのバランスを考えたサイズもクラシタスの提案によるもので、地震を考慮し頑丈に作ってもらいました」とも。
毎年7月に1000体のお地蔵様を祀っている地蔵堂を開帳する地蔵大祭では、新築した山門を披露された。「今年の10月が先代の7回忌にあたり、すぐそばで温かい目で見守ってくれているのを感じています」と山門を見上げ話すご住職。先代への思いが汲まれたこの寺院の下、その教えはこれからも確かに受け継がれていくことだろう。